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卒論リミット

01 21, 2010
あと一週間程で卒論提出〆。

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塾バイトの仕事納め

12 31, 2009
昨日はバイトの仕事納め。

今年は、塾長が再び変わったり(これで7度目ぐらい?)、大学1年生(若い!)の新しい講師が続々と入ってきました。そして、生徒数、特に受験生の中学3年生がとても多く、来年年明けの受験に向け、授業対効果を大きく問われる年でした。

■環境をつくるには広い視野を持つこと
そんな中、僕の役割は校舎の長老として、大学4年の先輩として、後輩講師への指導と教務以外の運営部分を含めた教室の環境づくりでした。正直、「そんな偉そうにアルバイト生が動いても良いのか」という気持ちがありましたが、新塾長の強い後押しをいただいたのが心強かったです。何より、生徒のことを考えたら自主的に動くべきですしね。

こういう意識を持ってから、自分が授業している2人の生徒以外に、他講師が行っている授業を見るようになりました。環境をつくるには環境を広く見ることができなければいけないと思ったからです。こうして、生徒から見る各講師のキャラクターだったり、担当生徒以外の各生徒の状況を知ることができる。

ところで、予想外にもこれは授業自体にも良い影響を与えてくれました。教務以外のことを成そうとすることで、段々と授業を効率的に回すことができるようになったのです。100を成そうとしたら120を目標にするのが自分には丁度良いかも。


■教育には感知する力が肝心
今年の塾バイトでの教務を通して、一番実感したのはコレです。教育って、どうやった言葉でどういった表現で教えるかということよりもまず、今、生徒がどういう気持ちで授業を受けているのか(体調とかも含めて)をしっかりと見極めることが大事だと感じました。

最近、別の講師が生徒の様子を見てちょっとした気づきから重大な悩みを聞き出していた事がありました。「〇〇君の様子がおかしい。何かあったのかー?って聞いてみたら、ほにゃらららしくて。」と。こういう風にアンテナを張って、ビビッとすかさず聞き出さねば。子供ってびっくりするほど日によって変化します。

もちろん、精神的な部分だけじゃなく、授業の内容についても同じ。生徒が間違った問題に対して、解説が的外れにならないように、生徒がどのような意図で回答し、どう間違ったのかを引き出さないといけません。このような部分を感知し、そこを補てんしたり、それに合わせて言葉や表現を選んでいくことで、授業の対効果を高めることができるようです。


■生徒に興味を持つことで感知度が高まる
結局、そういう風に感知していくには、生徒に興味を持つこと、更には真剣に生徒の将来に責任を持って授業していくことを常に改めていかないと。でなければ、アンテナなんて尖らせたままにできない気がします。そういう部分に自信があるとは自らは言えませんが、「お金を持って先生と呼ばれている以上、プロの自覚を持ってください」と塾長が言うように、そんなこと言ってられないわけです。

逆に、子供というのは好奇心の塊で、僕らの変化に敏感なのでとても感心させられます。少なからず、生徒と関わることで、僕自身も変化を敏感に感じ取れるようになっているかな。先生とはいえど、本当に生徒には色んなことを学ばされます。感謝。

――――――――
色々と雑に書いてしまいましたが、当然ながらこういうことは教育という範囲に限られる話ではないと思います。幅広く環境を見る姿勢はもちろん、「生徒」を「ユーザ」に書き換えれば、横断的に様々なジャンルを問わずに、上位概念的な部分で関わってくることかなと感じます。

最後に、
このブログを読んでいる先生もいるようなので、
「お疲れ様でした」と言っておきます。笑

社会人になるまで、来年ももう少しお世話になります^^

専修大3年次プロジェクト発表会

12 13, 2009
今更ですが、専修大の3年次プロジェクト発表会に行ってきました。
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青々としていい天気だったー。

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函館inp-actで知り合った専修大の学生と再会^^

そこのプロジェクトでは「素直な気持ちを伝えよう」というテーマで、コミュニケーションツールの提案していました。アウトプットで"サボテン"が出てきた話の下りはなるほどなるほど。こういう風にアバウトというか、大きなテーマになってくると、メタファー等を使いながら実装していく際に、コンセプトとのギャップを感じがちな気がするのですが、素直に関心しました。(プレゼンも丁寧で分かりやすかったです)

あと、人の音声を読み取って、喜びや怒りの感情を読み取る装置がすごかった!

実際にこんな装置が世の中にあるんだなぁーって驚きましたが、
こういう技術を今の生活環境にどう当てはめていくのかが考えどころですよね。

やっぱり、こういうふうに実装すると夢があって楽しそうだ。

あと、いつかの富士フイルム見学時に顔を覚えていてくれた3年生に声かけてもらって、
他の展示物紹介してもらいました。お名前聞いてなかったけど、、、ありがとうございました。

――――――――

最近、卒論を書いているところですが、他大学でやっていることを見ていると、自分の研究室がどんなことをやっているのかというのを逆に考えさせられます。調査重視か実装重視か、インプット重視かアウトプット重視か、といった浅い話じゃなくて、もっともっと違う次元の話。うまく言葉に表せないけど。

なんだか、変にいろんな物事を定義しようとする癖がある気がする。
バイトとか会社の話も含めて、もっと細かな変化を見る目を養いたい。

絶えず、学ぶ姿勢を忘れずに。

そんな発表会帰り、町田で少しショッピング。
学生のプレゼンと対比して、ポジティブな意見で切り替えす、
服屋の店員さんの言葉巧みに改めて驚かされた。笑



p.s.
ところで、専修大のマスコットなんてあるのね。笑
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就活スーツに身を纏う

12 10, 2009
3年生はいよいよ就活真っ盛り。

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最近では自己分析のために過去の経験をブレストし、他己分析を行っていたり。

今日は会社説明会で3年生の半数がスーツ。
ゼミのミーティングでは、こっちも雰囲気で身が引き締まります。笑
いやいや、こうやって雰囲気から入るのも大事だ。うん。

少し前のエントリーのコメントで書いていますが、
ゼミのゆる~い雰囲気を、もっと引き締めていこうと最近思います。
仲良いのはいいけど、メリハリが大事。

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スーツになっても、中身は元気な3年生。笑

スーツが初々しくて刺激をもらった!
自分も当時の心持ちを思い出しながら気を引き締め直そう。

とりあえず、早く本屋に行きたい。

上野の冷泉家展に行ってきた

12 07, 2009
今日は上野の「冷泉家 王朝の和歌守展」に行ってきました。
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たぶん、このブログ読者の大半は「冷泉家って何?」って感じだと思います。
(僕もつい最近までそうだった)

冷泉家とは、藤原俊成・定家・為家と三代続けて古今和歌集や新古今和歌集、百人一首の撰者となったのを始めとし、先祖代々から今日まで受け継がれ、和歌に大きな影響を与えた家系です。平安から室町にかけての和歌の歴史には、ほとんど冷泉家が絡んでいるといっても過言ではありません。古今和歌集、新古今和歌集や、定家直筆の展示物にはかなり感動。書物のページを捲るところが手摺りで黒くなっているのには濃い歴史を感じさせられましたね。


■冷泉家の「伝承」
他に、様々な書物から100首を選び、1つに書きまとめた「百人一首」という有名なものがありますが、これに選ばれた書物が各々展示されていました。冷泉家は、京都を焼き尽くした天明の大火(1788)等から免れ、800年の歴史の中で収集した古典の書物を現代に伝えています。このように、冷泉家は様々な重要文化財を世の中に残してきました。しかし、"保管"という意味での「伝承」だけではありません。

また、藤原定家は源氏物語・伊勢物語等を始めとして、様々な書物の書写(要は手書きの複写)や和歌集づくりを積極的に行っていました。もしも定家がいなければ、源氏物語がこれほど皆に親しまれる形で、しかも正確な形で現代に残っているということはなかったそうな。定家は優れた歌人であるとともに、優れた古典研究者だったようです。

定家の父である俊成の「源氏見ざる歌詠みは遺恨(残念)のことなり」という言葉があるように、和歌の教養として大切にしていた源氏物語を後世に伝えていこうという姿勢が、息子の定家にも受け継がれ、現代にまで引き継がれているわけです。教養の「伝承」を大事にし、800年経った今も伝承したものが残っていることが本当に凄いと感じます。


■定家の独特な文字体
話は変わりますが、定家の字体はかなり特徴的。当時流行っていた文字と文字をなめらかにつなぐ字体(英語でいう筆記体みたいなやつ)とは対照的で、一語一語を綺麗に切って濃くはっきりと文字を読むことができます。これは、正確に文を読み取れるようにと、「汚い文字」と自分で認めつつ、書き続けてきた字体なんだそうです。

実際に展示されていた書物は、現代の子どもが書いたと勘違いしてしまうぐらい、はっきりと1つ1つの言葉が書かれていました。流行や表面的な見た目にとらわれない、定家の字体のデザインは「定家様」という1つのフォントとして、後の時代にどんどん取り入れられるようになったそうです。(今もそれと同じフォントがあるそうです)


■和歌は主張が目的ではない
なんで和歌って存在するんだろう、みたいな話があったのでちょっとメモ。和歌はあくまで個人の主張をするためではなく、当時の時代背景や環境を明らかにし、これを通して人間が美しいと思う本質を見い出し、その美を感じてもらうのを目的としている。だからこそ、歌うのだと。そして、和歌を伝承し、その美をもっともっと濃くしていくことを試みとしているんじゃないかという考え。(あくまでそういう個人の意見があったという話)



まぁ、結局のところ、僕自信もそれほど詳しくはないんですけどね。笑
一緒に行った詳しい子に色々と教えてもらったって感じです。

でも、いわゆるこういう他ジャンルでも、どこか本質的な部分で得るものがあるから面白いです。
あと、明月記という定家の日記みたいなものの中に、IGらしきものがあったのがちょっと感動。笑
展示会は今月末頃までまだやっています。興味があれば是非。

冷泉家 王朝の和歌守展
http://www.asahi.com/reizei/



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↑上野公園でさざえ串を食べた!旨かった!
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↑クリスマスイルミネーションを背景にしても考える人は考えていました。
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↑渋谷のアンドナンドでドーナツを食べながらリフレクション。及びその他お勉強。
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