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どっちもどっち

07 01, 2009
今夜は久々に炒め物をつくりました。
昆布・豚肉を混ぜた沖縄風チャーハン「ジューシー」です。

ジューシー(沖縄風炊き込みご飯)
http://www.misbit.com/recipe/mid001820.html


CIMG7854.jpg

豚肉がスーパーで大安売りだったので、いつもより盛っています。笑

ところで最近、夕飯を食べながらポッドキャストを聞くのが習慣になっています。実は大学で一人暮らしを始めてから意図的にTVを買わずに生活していて、くつろぐ時間にはポッドキャストを聞いたり、ダンスDVDを見たりしています。


■一方向より双方向が絶対いいのか?
最近思うのは、顧客に対して『一方向的』なTV・新聞のような既存のメディア媒体を、『双方向的』なものにしようとするWiiのような存在が増えてきているなぁということ。でも、本当に世の中の人はそれを望んでいるのでしょうか?

少なくとも、僕はポッドキャストが『一方向的』なメディアであるのが嬉しいです。なぜなら、聞きながらご飯が食べられるからです。(笑)見ながらのTVは箸が止まりますしね。他にも、通学で移動しながら聞いたりもするし、寝る前に本を読んでいて無音が寂しいから流したりもしますが。


■双方向はたまに息苦しい
『双方向的』ということは、こちらからもアクションを起こさなければならないということです。ニコニコ動画も然り。ただ、双方向的なサービスを一方向で楽しむ事もできます。僕はニコニコ動画を利用した事がありますが、僕自身がコメントを書いたことはないですし。

ただ、『双方向的』に利用する事が"できる"ということは、不思議な息苦しさを覚えます。mixiのマイミクが書いた日記にコメントを書かないといけないなぁという、あの心理も似ている気がします。


■一方向という制限
ちょっと話を変えます。中高時代、真夏の暑い日に、自分の部屋でクーラーをガンガンにつけて、ベッドに寝転がりながら、ぼーっとラジオを聞いていた頃がありました。(自分の部屋にTVがないっていう外的要因がそうさせたのかもしれません)

ラジオでMCが喋っている事は、例えば初恋で告白した男の子が振られた話、例えば近所の墓所でアレを見てしまったという怖い話。僕はそれを聞いて情景を思い浮かべたりします。きっとこの時、僕は自身の内で感じようとする、言わば「想像力」みたいなものを鍛えられていたんだと思います。

一方向だと、双方向に比べて得られる情報は限られますが、逆にそういう制限があった方が、自分の内から自発的に"何か"を引き出す練習になったりするのかもしれません。


■一方向も双方向もあればいい
だからこそ、なんでもかんでも一方向を双方向にしていこうという流れは違うのかなぁって最近考えています。確かに、双方向的な方がコミュニケーション的で物事を分かりやすく捉えることができると思いますが。

双方向的なものとして、『Web2.0』という言葉があります。そもそも"2.0"と言うように、一方向の進展として双方向があるという思考があるので、既存の1.0(TVや新聞、ラジオ)を2.0に進化させなければという行動が生まれている気がします。

そうじゃなくて、一方向も双方向もどっちも大事なんだろうと思います。

要はバランスや中庸(Moderation)ということ。

人間だって、「一人の時間も大事だよ」ってよく言いますしね。

また、「分かりやすすぎる」「シンプルすぎる」というのもどうだ?という話は、以前も紹介したように、「シンプリシティの法則」でも書かれていたり、この前の専修大学で行なわれたIG-Nightの質疑応答にも通ずる話があったように思います。


最近、ポッドキャストで色々聞くのがマイブームになっているので、好き勝手にこんなことを書いてみました。この文章を読んでいる様々な方にも是非、コメント頂きたい話題です。


p.s.
文字量もいつもより盛ってしまいました。
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