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遅く、広く。

04 30, 2009 | Tag,情報デザイン
先日のバスプロジェクト後のお話。小池先生と、バスでお世話になっているSさんと共に、聖蹟桜ヶ丘で行なわれた社会起業家の講演に行きました。講演者の藤岡さんは社会起業家として、フェアトレード(公正取引)のを活かしてスローウォーターカフェなどの運営をしています。

経営されているスローウォーターカフェ
http://www.slowwatercafe.com/

ナマケモノ倶楽部でのご紹介
http://www.sloth.gr.jp/relation/riji/riji_ami.html


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↑講演の前になか卯で腹ごしらえ。ごちそう様です!


■社会起業家って何だ?
社会起業家は、利益ビジネスでもボランティアでもありません。お金をちゃんと貰いながら「社会を良い方向に変えていくこと」を目的としています。僕はボーイスカウトに所属していたので、ボランティアのゴミ拾いや募金活動をやっていた記憶もありますが、当然ながら無償です。これを仕事として継続していくために、生きていくために、やっぱりお金は必要です。イメージはNPOに近いと思います。(実際はもっとビジネス寄り)


■社会起業家の取り組みは、人間の原点。
講演していただいた藤岡さんは、"人間の原点に帰って考えること"をとても大切にしていました。それは社会起業家の考え方、更には自然環境との付き合い方にも関わる考え方でした。

「社会起業家は特別なことではない」と藤岡さんは言っていました。原点に帰ると、会社は他の人を助けるために動いていたはず。しかし、いつの間にか利潤に走ってしまっていたのが問題であると。


■先進国と途上国をフェアトレードに
チョコが100円でコンビニに売られている日本。でも、本当に100円程の価値なのでしょうか。カカオの種子を発酵し、焙煎し、、、気が遠くなるプロセスを通して、チョコレートはつくられます。先進国と途上国の貿易において、先進国は安く安く買い取りを続け、Win-Loseの関係の元で貿易を進めていることが安易に想像できるはずです。

そこで藤岡さんは、途上国の貧困者が生活するのに充分なだけの利益を見越しながら、Win-Winのフェアトレードを目指します。「フェアトレードも特別なことではない」と藤岡さんは言っていました。お互いが納得するように、魚と小麦の物資交換をしていた時代もあったわけですからね。こういう話を聞くと、人間は進化どころか退化しているんじゃないかとさえ思えてきます。


■遅く動き、広く見る
ナマケモノという動物はご存知の通り、ノロノロとした生き物です。カロリー消費が少ないから、食べる量も少ないという。週に1回、木から降りて排便・排尿を行なうそうですが、土の中に自らフンを埋め、なんと、肥料にしているんだそうです。なんとも地球に優しい循環型の動物なんですね。ナマケモノから人間が学ぶべきことはスローライフ。そして視野を広くし、以下の2つのつながりの関係を形成します。

・人と人のつながり
ここでいう人と人というのは、身近な人間関係はもちろんですが、世界枠にまで視野を広げ、途上国の方々とのつながりも考えます。例えば、藤岡さんはチョコレートの販売にあたって、機械で済むことを人の手間に戻すことで、途上国の方々に包装などの仕事を提供しているんだそうです。

・人と自然のつながり
機械で済むことを人の手間に戻すことで、自然とのつながりを大切にします。元々、人間は自然の中で生きてきた、ということをもっと体感し、実感しないといけないことを藤岡さんは説いていました。


■狭義の「人のため」
質疑応答の時間には、藤岡さんに対して一般の経営者から厳しい意見を多くいただきました。その中でも特に印象的だった意見は、

「人のためを思っているから会社は商品を安くしているんだよ」

という経営者の言葉。しかし、その「人」とはあくまで先進国の顧客やエンドユーザが対象。途上国の貧しい人々や人以外の自然までをも含めてはいません。やはり、社会起業家と一般経営者でまだまだ厚い壁があるんだなぁと感じました。

情報デザインでも「人のため、人間中心設計」という言葉が飛び交っています。今回の話を聞いて、情報デザインも「世界中の人のため」「自然のため」といったように視野を広げなければいけないのかもしれません。

継続的な社会形成のために。
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ミニバスを走らせる会 vol.10

04 29, 2009 | Tag,コミュニティバス
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先日の土曜日。新しく研究室に入った3年生を連れ、多摩市バスプロジェクトの「バスを走らせる会」の10回目の会議に参加してきました。来年のバス試験運行に向けて、今回の話し合いのテーマは2つです。

・運行委員会の「会則」設定
・バス会社の選択

■三者恊働が確立していない現状
これら2つのテーマが挙がっている理由は「住民」「市役所」「バス業者」の三者恊働において、「住民」が対等に「市役所」と「バス業者」と関われていない現状があるからです。実は現在、住民団体の活動の予算や事務処理は市役所の力を大いに借りてしまっています。

・「バスを走らせる会」会議の施設申請は、市役所の方がしている
・「バスを走らせる会」で配られる書類作りや印刷予算は市役所から

■住民団体の自立化
したがって、住民団体がしっかりと自立していくために、運行委員会を住民団体として設立し、会則の設定や資本金の確保をしなければなりません。地味な話し合いで、初めて来た新3年生と住民の方々にはつまらない話と受け止められたようですが、ここの話は今後のバスの運行の基盤になります。

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↑今回は初めて会に参加する住民の方々も多かったですね。
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↑ksmさん見て下さい、この学生の人数!笑
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↑新3年生、雨の中お疲れ様でした。

バスプロジェクトの情報整理

04 29, 2009 | Tag,コミュニティバス
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■東京・多摩ニュータウンに起こる高齢化問題
東京都の多摩市/八王子市/稲城市/町田市にまたがる日本最大のニュータウン。入居計画が始まった1971年(昭和46年)には、会社のある都心まで車や電車で通勤できる距離ということで、30-40代の家族が一度に流れ込みました。しかし、約40年経過した今ではその方達は70-80代。そして、起伏の激しい土地による交通不便等をキッカケに、お年寄りの徒歩の外出が困難に。現在ではお年寄りの引きこもりや孤独死が起こり始め、高齢化問題に拍車がかかっています。

■そんな中、交通利便を求めて住民主導でバスを走らせる動き
既にこの土地にはバスが走っています。しかし、起伏の激しい土地環境もあって、自宅からお年寄りが歩ける距離をバスが通っているとはまだまだ言えません。そこで、新たなバスルートを通し、交通利便を向上させる動きが住民主導で始まりました。これが、バスを通じて多摩ニュータウン全体のコミュニティを活性化させ、高齢化問題の解決にも繋がると考え、当研究室はそのコミュニティの変容に注目しました。

■バスを取り巻くコミュニティ
ミニバスを走らせる会(旧:ミニバスを考える会)という住民団体を対象に、当研究室は3年前から研究を始めました。本当に必要とされるバスを継続的に走らせるためには、「住民」「市役所」「バス業者」が三者恊働で関わり合う必要があります。当研究室ではこれらのコミュニティ内やコミュニティ間における意見や意欲を引き出すツールづくりを通して、コミュニティの変化を考察するのが目的です。

三者恊働
↑「住民」「市役所」「バス業者」の三者恊働

■実際の研究活動
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↑フィールドワークして愛宕を歩いたり
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↑既存バスの情報を住民に紹介したり
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↑バスや土地の立体模型を実装したり
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↑ポスターで地域住民を公聴会に招くための宣伝をしたり

他にも、市役所やバス業者と話し合いを重ねたり。

■現在の状況
来年からバスの試験運転が始まります。しかし、そこで赤字運行になってしまうと、市役所とバス業者から信頼を失い、本格的なバス運行が中止になってしまいます。黒字運行を目指して資金/運行管理/事務処理をやり繰りするために、「ミニバスを走らせる会」は運行委員会を設立していきます。

LOUVRE展

04 27, 2009 | Tag,情報デザイン
阿修羅展に続き、LOUVRE展にも続けて行ってきました。

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ルーヴル美術館展
http://www.ntv.co.jp/louvre/


展示会場は以下の3つのセクションに分かれて展示されていました。「17世紀ヨーロッパを読み解こう」とする展示会のコンセプトが反映されていて、とても見やすかったです。

(1)黄金の世紀とその陰
格差社会が発展したのはこの時代。大きな家を持ち、綺麗な装飾付きの洋服を身に纏う豪華絢爛な貴族達に対し、庶民達は過酷な労働や飢えに苦しんでいました。このセクションでは、貴族達の肖像画等に対して、貧民にもスポットを当てていました。その対照的な絵画が、格差社会の現実をリアルに感じさせてくれました。

(2)大航海と科学革命
技術が大きく発展したのもこの時代。そして、武力行使や商業における過剰な利益追求。自然との対比が描かれていた絵画が印象的でした。人間の醜さ、小ささみたいなものを感じまました。

(3)聖人の世紀における古代文明の遺産
宗教の信仰が進んだのも、やはりこの時代。天使や聖人の絵画が多く展示されていました。宗教への想いを昔から今へ伝承していこうとしていたのでしょうか。

貴族と貧民。
人間と自然。
昔と今。

1つの絵画から何かを感じるというより、様々な絵画を対比させながら、17世紀ヨーロッパの文化・文明を感じる事ができたなぁというのが見終わった時の印象でした。

といっても、単体でとても印象に残った絵画もありました。

川から救われるモーセ
http://www.ntv.co.jp/louvre/description/pict1.html


(1)のセクションにあった作品。まさに、貴族と貧困者の対比という感じです。貴族の人は黄色や青の派手やかな洋服を着て、高い所から指を指しているのがその対比を引立たせているのでしょうか。でも、貧民を川から救うというこの振る舞い、それが伝えたかった事はなんなんだろう。

大工ヨセフ
http://www.ntv.co.jp/louvre/description/pict12.html


これは、絵なのか?単純にスゴい絵だなと思いました。火にあてがう小さな白い手からその明かりが漏れ、闇と対照的に明るく光る火。少女は心配そうにヨセフという働く老人を見つめています。後々知ったんですけど、ヨセフってイエスキリストの義父ということだそうですが、この絵が妙に神秘的に感じるのはそのせいなんでしょうか?



上野は何でもやっていますね・・・。
美術館もいいけど、今度は博物館も行きたいです。

阿修羅

04 26, 2009
先日のエントリーの続き。

母親と阿修羅展に行ってきました。

阿修羅展
http://www.asahi.com/ashura/

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↑興福寺阿修羅像


■阿修羅は「悪」?
阿修羅の一般的概要(展示会資料とwikipedia参照)。

 ・闘争的な性格
 ・恐るべき鬼神
 ・"修羅場"の語源
 ・帝釈天と戦闘した神

3つの顔と6本の腕は正に鬼神。阿修羅は、同じく神である帝釈天との戦いで敗北しました。現在は「修羅の如く」「修羅場」という言葉があるように、その存在を「悪」と捉われがちの神・阿修羅。しかし、その本当の姿は異なるものでした。


■阿修羅は愛情に殉じた存在

【帝釈天との戦い】
神阿修羅は舎脂という娘を帝釈天に嫁がせたいと思っていた

帝釈天はその娘を力ずくで奪った

阿修羅は正義として帝釈天と戦うが何度も負けてしまう

実は規律的に、すでに娘は帝釈天のものだった

これを守らない阿修羅は悪と捉えられた

愛する娘を取り戻そうと、何度敗れても帝釈天に戦いを挑んだ阿修羅。そのような悲しい話を聞くと、阿修羅の姿は神というよりも人間らしさを感じるわけです。
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眉が特徴的で悲しみを込めたその表情。細々とした6本の腕。力が及ばずとも、愛する人を守り、戦った姿を僕は想像していました。

「何が正義で、何が悪なのか。」
(僕はここで漫画のONE PIECEを思い浮かべます。笑)

阿修羅像を見ると、僕はその事を自分に問うような気分になります。

p.s.
情報デザインフォーラム等で毎度お世話になっている、Tanahashiさんの最近のブログ記事の中で「絵を読む、言葉を鑑賞する」という言葉がありました。私はここで像を読むことができたのでしょうか?歴史にお詳しそうなこともあり、せっかくなのでフィードバックさせていただきました。

「ひとりエスノグラフィ」の1つとして、
"自分に問うこと"があるのかなぁと感じます。
(的外れな話でしたらごめんなさい。)

DESIGN IT! w/LOVE > 絵を読む、言葉を鑑賞する
http://gitanez.seesaa.net/article/118097072.html


↓これからエントリーしたい記事。

・水曜日の新歓ワークショップ(写真まだ回収できないのでパス)
・一昨日のLOUVRE展
・昨日行なわれたバスプロジェクト
・昨日行なわれた社会起業家の講話

今から外出なので、帰ってから続きを書きます。
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